ライ麦畑で倒れ伏す 2nd Season

水平線に恋をして、また船に乗りたい元内航船員のブログ

【改稿】自衛隊に大型病院船はいらない

本記事は、2019/2/15日に執筆したものを同年3/6の報道を受け、大幅に加筆修正したものです。

 

 

そうだ、病院船作ろう

コロナウィルス感染拡大に伴い、自衛隊に病院船を配備する議論が高まっている。

遂には超党派の「病院船・災害時多目的支援船建造推進議連」が35,000トン、500床の病床と感染症対応の個室、更にはヘリとホバークラフトまで搭載した「海に浮かぶ大学病院」としての病院船建造案を提案した。

mainichi.jp

実は、この種の議論は今に始まったことではない。阪神大震災東日本大震災の直後などにも度々色々な所で声が上がり、実際に政府が検討を行ったこともある。

www.bousai.go.jp
それなのになぜ実現しないかというと、既存船舶で代替可能、平時に持て余しがちで費用対効果が低くなる、などの理由ががネックになっている。

総合型病院船というのはその性質上、高度な医療機器を搭載することが多く、しかも大規模災害でもない限りは稼働しないため、維持コストが高いわりに有効活用がし難い、という欠点があるのだ。

 

災害時多目的船に関する検討会報告書(全体版)

 

現に、大規模な病院船を保有している軍隊は米軍ぐらいである。

 

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米軍が保有するマーシー級病院船「コンフォート」。1000床の病床に加え、12室の手術室やCT撮影装置、超音波検査装置などを備えている。自衛隊がこのような病院船を保有するのはコスト的に困難だ(Wikimedia Commonsより引用)

おそらく、今回の議連が提案したものはマーシー級の発展させたイメージなのだろう。

ふわふわしたアイデアからの一点豪華主義

今回の議連案を一言で言うと、「今までの政府検討を踏まえていない、ハードありきの思い付き」という評価になる。

我が国において、海上プラットフォームにおいて、医療機能があまり重視されてこなかったのは事実だ。
現に、上記リンクにある内閣府検討会もその点の反省を踏まえて行われている。
しかし、今回の議連案はそこでなされた議論を一切無視して、「とにかくあらゆる機能を持たせてどんな災害にも対応できる病院船を作ろう」という発想ありきでなされた感が否めない。

確かに、災害における船舶からの医療支援には様々なメリットがある。

まず第一に機動性があり、海上であればいつでも被災地に向かい支援を行えること。
次に、他のプラットフォームに比べ、積載量や空間が広く取れるため、被災して機能不全、あるいは限定された医療しか提供できなくなった医療機関の代替になりうること。
また、岸壁に接岸したり、海上に長期遊弋できるため、長期間の支援が提供できること、などが挙げられる。

それらのメリットを踏まえた上で、議連の病院船構想を検討してみる。

想定している支援機能を詰め込みすぎている

今回の構想では、通常の総合的な病院機能に加え、感染症対応の個室なども用意している。病院機能についても、「海に浮かぶ大学病院」をイメージしているとのことなので、高度かつ多岐にわたる機能を用意するつもりなのだろう。

だが、災害時の医療支援には急性期と慢性期ではアプローチや提供する支援の内容が異なる。急性期医療の場合、亜急性期~慢性期の処置に繋げるための迅速かつ臨機応変な対応が求められるそのため、急性期医療では救急医のような急性期医療専門のスタッフが症状の悪化を食い止め、亜急性期以後の医療施設に「後走」するための人員・設備が求められる。現在、外国海軍が保有する病院船は基本的にこのためのものである。

一方、亜急性期から慢性期にかけての医療は、回復や社会復帰に向けての一定程度長期かつ総合的、包括的な医療を提供することが求められる。被災して機能を発揮できなくなった医療施設から、無事な医療施設への移送が整うまでの一時的な中継点としての海上プラットフォームを利用する有用性はあるかもしれないが、その場合は長期派遣可能な要員や医療ニーズの変化への機動的な対応ができる要員が必要になる。

更に、今回のCOVID-19のような新興感染症対応、CRBN災害ではまた異なった対応や支援が必要となる。その場合、本案のような限定された感染症対応機能の病院船では対応しきれないのではないか。

動かす人間はいるのか?

この場合の「動かす人間」とは病院船の運航要員ではなく、病院機能を発揮するための医療スタッフのことである。

2011年の東日本大震災では、被災地に多数のDMATやJMATが派遣された。彼等は平時は医療機関で勤務している医療スタッフであり、有事発生の際にチームを編成し派遣されるようになっているのだが、被災地域が広域にわたることもあり、必要な人員確保にかなり苦労したと聞く。

大規模な病院船となれば、必要となる医療スタッフの数も多くなるはずだが、彼等の確保をどうするのかについて、本案では全く触れられていない。まずは、DMATやJMATとは別*1の人員確保体制の設立なくしては病院船構想など画餅に過ぎない。

ちなみに、米海軍のマーシー級病院船では、平時には海軍病院などで勤務している指定されたスタッフが有事に召集されることとなっているが、自衛隊病院ではそのような人員的余裕があるのだろうか。見た目だけ派手な病院船構想をぶち上げる前に、そのような体制作りを進めていくことが必要なのではないか。

大は小を兼ねない

今回構想されている病院船は35,000トン程度を想定しているようだが、そうするとおそらく船体サイズは全長250~300m、喫水は10mを超えると思われる。これだけのサイズの船となると、接岸できる港は限られるし、災害時には津波のがれき類で水深が浅くなり、入港すらままならない事態も考えられる。
実際、東日本大震災発災直後には、それよりもはるかにサイズの小さい内航船ですら入港を断念する事例も起きている。

そのことも考慮してか、ヘリとホバークラフトを搭載するらしいが、どちらも悪天候には弱く、ホバークラフトは上陸するためには傾斜地が必要となる。個人的には、ホバークラフトよりは、船舶が横付けできるレセス、デッキサイドやウェルデッキに接続する患者用エレベータなどを用意したほうが有用ではないかと感じる。

平時はどうするのか?

これだけの大きな船を維持するにはそれなりのコストや訓練が必要となるが、平時にはこの船をどのように活用するかの構想は判然としない。これだけ豪華な船ならば、海外での災害時支援などにも使えそうだが、それならば、コンテナキット化された医療モジュールと医療要員を搭載した輸送艦や「いずも」型DDHでも充分機能を果たせるし、そもそも国外での災害支援派遣自体、そう多くあるものではない。いざ造ってみたはいいが、結局持て余してしまい、費用対効果の低い船になってしまうのではないか。

まとめ

ここまで、病院船・災害時多目的支援船建造推進議連の病院船構想について長々と批判してきたが、本案の最大の問題は、まずハードありきでコンセプトが固められてないことにある。

有事・災害時医療における海上プラットフォーム整備というのは、陸海空を総合したグランドデザインを構想し、その上で船舶の長所を活かすにはどのような施策を行えばいいのか、何を整備をすべきなのか、そのための体制整備に必要なものは何で、用意するものは何か。それが物事の順序というものであり、そのお膳立てをするのが国会議員本来の仕事ではないのか。

そういった大所高所からの視点もなく、政府が検討した過去の知見を活用したような姿勢の見られない案は、畢竟ツッコミどころ満載の代物になってしまうし、仮に実現したとしても、「仏作って魂入れず」といったものになりかねない。

ここからは個人的な意見なのだが、自衛隊に大型の病院船を保有させるよりは、500~3,000総トン級の小型の病院船を複数建造してそれを厚労省や、新たに外郭団体などを設置して、平時は離島や過疎地の巡回医療に利用するような運用にしたほうが有効なのではないだろうか。
実際に、規模ははるかに小さいが、済生会が「済生丸」という病院船を所有し、瀬戸内海の離島で巡回検診及び診療を行っている実績がある。

www.okayamasaiseikai.or.jp

数万トンもある大型船の場合、全長や喫水の関係で接岸できる港は限られるが、上記くらいのサイズならばそれほど港や埠頭を選ばず接岸できる。大規模な病床が必要であれば、事前にコンテナモジュール化した病床を用意しておいて、有事にはそれらを海自の輸送艦や民間船に搭載する運用でもよい。

長距離フェリー事業者に補助金を出して、今後の新造船には病院船に転用可能な設計にしておくという手もある。

コンテナ化した医療モジュールやヘリポートモジュールといった設備を充実させ、有事には民間含めた既存船舶にそれを搭載して病院船として運用するといった方法だってある。

ともかく、今までの病院船構想がことごとく検討段階で終わっているのは、1隻で何でもできる、「動く総合病院」を保有することに拘りすぎていることが原因にあるように感じる。今後は「自衛隊保有する」とか、「1隻の専用船で全ての病院機能を賄う」といったことに拘らない発想が必要ではないだろうか。

*1:陸上やドクターヘリでの活動人員の確保に支障を来さないため